ネット連句会

あした

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冬男句鑑賞<摩尼車>七句より  渡部春水 

  初時雨濡れいる石と濡れぬ石

 紅葉の季節が終り、古刹の名園に訪れる人の姿も少なくなった。園内を独り散策していると、急に小雨が降り出した。そうか、もう時雨が降る頃なのだ。初時雨は、長くは続かない。庭内にある様々な形の石が濡れ始めているが、木立の陰にある石には濡れていないものもある。雨に打たれる石であっても、置かれている場所によって濡れに違いも出るし、人生の苦楽に似ている。時雨に濡れている石を見ながら作者はそう感じられたのかも。

    残菊や晩年汚れたくはなし

 美しく咲き誇っていた菊も霜に打たれ、やがては寂しい姿になってしまう。日本人の平均寿命が延びて、男女共に世界最高水準にあり、百歳を超える方が4万人もおられるとか。病床についている人が多いと思われるが、お元気な方も様々な状況の中で過ごされている。老害と言う嫌な言葉がある。組織を離れてもなお組織にしがみつき、周りに迷惑をかけている人のことか。作者は、この12月1日に満81歳を迎えられるが、晩節を汚さずに生き続けたいと願っておられるのだろう。

    風鐸のはたと止みたる冬至かな

 仏堂や仏塔の四隅に吊り下げられ、風に揺らされていた風鐸が急に止まった。今日は冬至なのだ。1年中で一番昼の時間が短く、一陽来復とも言われる。今迄いやなことが続いたが、明日からは何かよいことがありそうな気がする。天台宗別格本山の由緒ある寺に生まれ育った作者にとって、冬至南瓜や蒟蒻の味が懐かしく思われ、気持の安らぐひととき。

    北颪夜は玻璃戸がむせび哭く

 北国の高地から吹き付ける夜の颪はすさまじい。関東地方でも、群馬や栃木辺りでは北風がひゅうひゅうと鳴る。雨戸に守られているはずの硝子戸であるが、隙間風のためかむせび哭き、まるで人に助けを求めているように聞こえる。最近の建物はサッシでがっちりしているので雨戸が音を発てることも少ないが、古い家では今でも聞こえる。春が来るまでは厳しい日々が続くが、人生にも四季がある。冬の後には必ず春が待ち構えているのだ。

   鎌鼬血判状を促さる

 温暖化が進み近頃は鎌鼬という言葉はあまり聞かなくなったが、寒風で皮膚に切り傷が出る症状だ。古来、鼬のような魔物の仕業だと信じられて来た。作者はこれまでに幾度となく入院され加療を受けてこられたが、この<鎌鼬と血判状>とがどのような関係があるのか分からない。穿った考えかもしれないが、手術を受ける前に、医師から家族の承諾書を求められるが、そのことを詠まれたのであろうか。作者のお身体の様子が案じられる。 

   年や逝く廻し廻さる摩尼車

 摩尼車とは、テレビの映像で見ただけであるが、チベット仏教で用いられる仏具。 転経器とも言われているが、円筒形の内側にマントラが刻まれ、内部には経文が納められている。年末の寺院で、信者が何度も廻しながら息災を祈る。今年果たせなかったことを来る年には是非ともやり遂げたいものだと人々は思う。作者にとっても一日も早く元の暮らしに戻って、やり残している様々な仕事に打ち込みたいと願って居られるに違いない。

   実千両金の小判をゆらめかせ

 夏の頃、黄緑色の小花をつけていたが、冬を迎えると実が赤く熟し、緑の葉に囲まれて実に美しい。これに狙いをつけて鳥達がやって来るので、庭の千両にビニール袋を被せて守っているお宅もある。作者は、やがて来る正月の床の間に飾ることを楽しみに待っておられるのでは。本来は花を生けられるはずの奥様も今はホーム暮らし。平成15年に作者は<ダイヤよりまたルビーより茨の実>と詠まれたが、お優しいお気持ちは少しも変わらない。

<2012年11月1日>  筆者 渡部春水