■ 宇咲冬男の歳時記 《冬》
今年は11月7日に立冬を迎えた。
冬立つや一鳥の声森を刺し
冬男
生家の常光院の“ふるさとの森”の作。思えばトパーズ号で地球一周の旅を終えてから、半年が経つ。101日の洋上生活、港からのツアーなど、1年の三分の一を、ほとんど大自然の中で暮らした。現代人が失いつつある、聴覚、臭覚、などの五感が戻ってきたのか。
“ふるさとの森”で鵙の高鳴きに耳が鋭く反応した。“白い恋人”に始まったお菓子、調理の賞味期限の改ざんや、食材の偽装などの告発でメデアは、連日の様に大騒ぎした。確かに“偽装”は犯罪であり、食に関わる問題だから、見捨てられない。
でも考え直した。 船の旅のベトナムのダナンの市場をはじめ、南方の港の青空市場は、蝿が飛び回っていた。果物や粽などの食品を買って食べた。南の島では、サトウキビソフトクリームを舐めたりした。一度も下痢にならなかった。子供のころ、農村に育った。友達はみな農家。馬は、家の中で飼われていた。蠅、蚤、アブなんでも活発に生きていた。
怖さ知らずだった。船の若い都会人もケニアで現地の青年達の交流会で、一緒にテント生活をした。ケニアばかりではない。いろんな国の自然の中で暮らす先住民との交流は、食に始まった。なにも起こらなかった。日本のお米の美味さを知ったとも言った。
食べものが饐<すえ>ているか、傷みかかっているか、子供のころは、自分の鼻でかぎわけた。今の日本人は五感が衰えたのか。なんでも“企業”のせいにしたり、自分はいつも被害者、加害者は相手と言う短絡的な考えはどうか?と思ったりする。
洋上の7割くらいが、“夏”だったから、冬に入った感覚はとても強かった。
朴の大きな落ち葉が、時間を動かすように地に舞い落ちるさまを、じっと見続けた。霜に会う前の野菊が可憐に咲き残っているのに立ち止まったり。刈田が枯れ色になり夕映えに染まったり。 下旬には木枯らし一号が吹く。
凩の真一文字に駅道り
冬男
お風呂のお湯の温度設定は42度にしてある。11月下旬になるとぬるく感じる様になる。キャビン生活では、衣類を一度クリーニングにだした。シャツやズボンが皺だらけの儘届けられた。それから外注はやめた。そして寝る前に浴びるシャワーのあと、持ちこんだ子供のビニールプールにゆるいお湯を満たして洗剤で、下着類は洗うことにした。毎晩の習いになった。浴室に紐を張って乾かした。
帰宅しても、その晩の下着は、お風呂のお湯で洗うようになった。洗濯機、乾燥機はほとんど使わなくなった。わたしの“エコ”生活が身についた。ストレスの解消になった。きっと、12月になると浴室はキャビンと違って薄ら寒さを覚えるだろう。昨年の11月は船の旅立ちの用意で忙しなかった。
■ ■ ■
12月。夏は熱く、冬は寒いとの長期予報はどんなものか。
冬暁の地軸にたわみなかりけり
冬男
師走になると、庭の枇杷の花に目が行くのに、今冬は大きな枇杷の葉の枯れ葉の嵩に驚いた。
坪庭の手入れをほとんどしないから。とても身辺が忙しくなったからだ。
5日は76歳の誕生日。 来年は喜寿。まだやり残した仕事がある。2、3冊本を出さないと死ねないと、言い聞かせている。ニ階の東の窓の向こうに日の出が見える。冬の曙は、春より鮮明。もう極月になったと言う身のきしみに対して、地球は正しく回り続ける。
置いてきぼりにされてはたまらない。書く仕事と俳誌の月刊発行にかまけていた、身辺整理の時がきた。二人の息子は、働き盛り。それぞれの孫も小学四年と来年幼稚園に入園。まだ小さい。
家内は特別養護ホーム入りのまま。すべて自分独りでものごとを運ばなければならない。
年賀状も止めようと思った。止められなかった。出す相手を思いっきり絞った。一年一回の“無事のお知らせ”だから。
冬花火きっぱり空を切り取りし
冬男
秩父夜祭を思い、自分に重ねた句。
地球一周から帰って間もなく、熊谷地裁家庭裁判所の調査官に呼ばれた。家内の後見人を継続するか、息子にバトンタッチするかについて。親切な調査官は「体力、知力に余裕があるうち、後見人は息子さんに依頼、身軽になって残った仕事をした方が良い」とのアドバイス。家内の財産管理は大変。預金の支出から、土地の管理、などなど、年間報告書に細かいチエックが入る。後見人は三番書の裁定で次男に決まった。
兄弟仲はよく、僕の体のこと家内のことなど情報交換は上手くいっている。これだけはたすかる。別れ際に調査官が言った。「自分も男の三人兄弟。父親が遺言を書いて置いてくれなかったため、遺産の事などでもめた。いやな思いをした」あなたも、「今年から毎年遺言を書き、毎年書きなおしをした方が良い」と言われた。
姉妹や息子に、船で101日の旅は反対された。 もしもの時のことは、家内に書きものを預けて船出した。
冬至くらいまでに、遺言が書けるかどうか?10月に催された<産経新聞社旧友会>総会でも、70歳以上の会員は、「自分の“死亡記事”を帰宅したら書いて置くこと」といわれた。社会部にいたから、特ダネを取られた時と同じ。“死亡記事”の特落ちも大きなダメージということが、身にしみている。でもまだ、書いていない。誕生日に、大好きだった車のゴールド運転免許証を、思いきって返上した。その変わり、銀行などで使う(身分証明=顔写真付き)カードを、市から発行して貰った。顔見知りの交通課の係長が「よく思いきりましたね」と言ってくれた。こんな証明書が有るとは知らなかった。埋め込まれた小さいチップの中に、本人の戸籍などの情報が入っていると聞いた。車の運転が出来なくなた事で4、5日気分が落ち込んだ。
家内の面会、病院の受診、用足し、などみなタクシー。いまもなお青春をしていると、踏ん張っても体の老いーと言うよりは、一病も二病も抱えている身には逆らえない。人身事故を起こしたら社会的責任が大きいと判断した。
移る日に吐息をつきぬ冬至梅
冬男
この歳晩は赤城颪が身にしみることだろう。
■ ■ ■
初山河地球は広し狭しとも
冬男
お正月。まだ、地球一周のことの余韻が残っている。地球を巡って考えたことに、宗教のことがある。哲学科で宗教学を学んだから、仏教は勿論、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンズウ教について、船で少しく講義した。しかし、講義は講義。どの宗教が優れているか;;は言えない。私は今までの海外の旅は、ドイツ、イギリス、アメリカ、イタリア、東欧・バルト三国も、みなメインストリートを巡った。だから、大聖堂は拝観したが、キリスト教以外の宗教に触れる機会はなかった。船の旅は違っていた。仏教にしても、スリランカなど南洋の仏教国は、日本と違う小乗仏教だ。インド洋から大西洋の国々はキリスト教、イスラム教が相半ばしている。しかし、ユダヤ教も残っている。ベネツイアの人工島には、明らかにヒンドウー教の彫刻が在った。ボスニア・ヘルツエゴビナのモスタル都市のイスラム寺院の中に、仏教の輪廻の彫刻そっくりの飾りが刻まれていた。エジプトのギザのピラミッドも、フク王の墓でなく、農耕の神の蔡場と言う説が有力になった。神話も日本に似ている。
日本のお正月は農耕民族としての、祖霊の祭りの最初の行事。歳時記の新年は、半分の季語が、神仏に関わる行事で占められている。かつて、元森総理が「日本は神の国」と発言。勉強の足りないメデァから袋叩きにあった。森さんは訂正した。訂正する必要はなかったのだ。間違いではない。日本の各地にはヤオヨロズの神が宿っている。仏教寺院も日本の祖霊を祭った上でお寺を建立した。
靖国神社の参拝に反対の野党の党首なども、正月は、伊勢神宮に初詣する。主相の伊勢神宮の初詣でが定着したのは昭和30年1月5日に鳩山一郎氏が参拝してから。クリスチャンの大平総理、社会党の党首として総理になった、村山富一氏もなんの問題もなく初詣をしている。もはや、総理の新春の伊勢初詣では新春の定番になった。なぜか?<伊勢神宮は日本の神様の総本山>。祭神は天照大神。太陽の神様。太陽は日本の国家にとって大切。起源は約二千年前。時の垂仁天皇が三種の神器の一、ヤタノ鏡を五十鈴川の近くに移転した社に安置。皇室の祖先神の天照をおまつりされた。これが内宮、さらに約五百年後、天照大神の食事の手助けをするため、食物を司る豊受大神を祭ったのが外宮。内宮は天皇きり拝殿に入れない。天皇家は祖先を天照大神とした。一方、豊受大神は、農耕民族としての、日本人の神であり、穀物の豊穣を祈願した。政治的イデオロギーはない。だから、時の総理が初詣でに伊勢に行くのは国民の代表としてで、少しの違和感はない。しかし、日本国憲法は信教の自由をうたっている。総理の伊勢神宮参拝は憲法違反と決めつける学者もいる。
日本人の今は、暮れの24日にクリスマスイヴを楽しみカップルが結ばれたりする。
大晦日は、仏教の除夜の鐘をついたり、テレビで見たり。元旦は神社やお寺に初詣。
老いも若きもない。異教徒がキリスト教のイヴにツリーを飾るのは日本人くらい。暮れ、新年はキリスト教、日本の神、仏の三宗教を拝むという、天真爛漫さ。
ヤオヨロズの神をみな祖霊とする、アニミズムの信仰の変形ともいえるだろうか。
トパーズ号で地球を巡って感じたことは、今の各地の戦争は、宗教を背負った民族戦争。
宗教は、人間の命の尊厳をみな大事と規定している。でも、キリスト、イスラム、ユダヤの三大宗教を生んだ聖地のあるイスラエルは、絶えず血が流されている。過激派のタリバンは、仏像を破壊したり、自爆テロをすれば神になれると、若い青年が平気で自爆。
一番感じたことは、大西洋の島、南米の国々には先住民がいた。スペイン、オランダなどが、資源を求めて侵攻、移民してきた。彼らは先住民を支配。キリスト教会をみな建てた。先住民は祖霊信仰を持っていた。キリスト教は支配のために利用された。なお残る先住民の話では教会を嫌悪している。イスラムのモスクの建立も同じ。アメリカは典型的なキリスト教国。大統領は就任の時、バイブルに手を置き誓う。
アメリカとイラク戦争は核の名を借りた宗教戦争と思う。巡った国々の民族戦争の傷は宗教同士の傷とみた。
お正月のエッセイが宗教の話になってしまった。日本人も憲法で規制されても、宗教心の大事さを学校の教育に取り入れるべきだ。
百人一首かるた大会。書初め大会など盛んになってきた。お正月のかつての子供の遊びの復活が待たれる。キュウビック世界大会で、日本の少年が優勝した。手先の器用さは日本人のDNAの結果かも知れない。でも、剣玉遊び、お手玉遊びなど手先の遊びは伝えたい。 清楚な水仙、寒椿が厳寒の正月に咲く。裸木も早や冬芽をびっしりつけ始める。正月はあっと言う間に過ぎ、節分となる。山峡には節分草や福寿草が咲く。そして早梅も。
探梅の日暮れてすがる寺の燭
冬男
■ ■ ■
二月。すぐ立春。でも寒の戻りの寒さは格別、春と寒がないまぜになりながら、春は定まって行くー。