■ 冬男の歳時記 《春》
平成15年
今年は二月四日に春が立った。 三日の節分会に生家の常光院へ行った。本堂の裏には大茅葺き屋根から落ちた残雪が解けずに凍てついていた。懐かしかった。最近は暖冬で、節分の境内の残雪はほとんど見られなくなった。
成人するころまでは、よく雪が残っていた。節分の豆撒きに、本堂から離れて建っていた墓地を守るための三仏堂という小さなお堂へ行くときは、凍った残雪を踏みしめて歩いたものだった。降りたての雪でなく、凍った残雪は足裏に、ざくざくと、まるで削氷を踏むような感触が伝わってきた。その感触に明日からの“春”を確かめたものだった。
気象庁は、この冬も暖冬という長期予報を出したが、年が明け寒に入る前に、例年にない寒い冬─と訂正した。
しばらくは、余寒が続き、“春の雪”も二、三回は降るかもしれない。それも嬉しいこと。
二月は「梅二月」という季語があるくらい梅を賞でる月だ。桜とちがって、白梅や古木の枝には気品がそなわっている。私は梅林の梅より「野の梅」が好きだ。寒風にさらされながら冬を越しつづけるためか。樹木に張りがあり、花も凛とした趣がある。道端には早々と犬ふぐりが、その名の“ふぐり”というより、星を思わせる花をつける。その瑠璃色に二月の春が告げられる。
庭に来る野鳥の影も、少しづつ増えてくる。二月の気象はまことに気侭。風が荒れたり、二三日で天気がくずれたり。
二月十二日は建国記念日。北朝鮮による日本人の拉致事件が明るみにでてから団塊の世代ばかりでなはなく、若い人達も日本の“国家”ということの民族意識が生まれてきたように思う。季語としても“死語化”しなくなるだろう。
二月といえば、十四日のバレンタインの日が、デパートなどの商戦のとりことなり、若い人たちの“愛の日”としてチョコレートが贈り交わされるようにうなった。それも、今年当たりは不況の風で、職場での“義理チョコ”は減るだろう。
旧暦二月十五日は、お釈迦様が入滅された日。今は、新暦の三月十五日に涅槃会が修されるようになった。が、私の生家の寺の国宝級の大涅槃図は、今も二月十五日に本堂に掛けられ涅槃会が修される。
クリスマスが来ると、私はイエス・キリストと釈迦の生涯のちがいをつい考えてしまう。
お釈迦様は、インドでも春の四月八日に生まれた。マーヤ夫人の脇下からと伝えられている。お釈迦様は、生まれてすぐ、七足(七歩)あるいて、右指で天を指し、左指で地を指して「天上天下唯我独尊」と独語されたという。世界の中で、自分一人がすぐれた人─と宣言したことになる。
イエス・キリストは、冬で、しかも年のおしつまった十二月二十五日に、馬小屋の中で聖母マリアから生まれられたと伝えられる。対照的な生まれ月。
そして、十字架にはりつけにされ、神に召されたのは四月だった。春分後第一の満月の次の日曜日に、キリストは復活したと伝えられている。それが復活祭。
お釈迦様は、花の春に生まれ、陰暦二月十五日の初春に入滅した。仏弟子どころか、鳥獣までが安らかな微笑を浮かべ、右手を頬に当てて、まるでなお、命があるような横たわった釈尊の遺体を囲み、慟哭したという。
キリストの磔形像の無惨さ。十二人の使徒の一人であるユダに裏切られての死。
お釈迦様には、人も生きとし生けるものも輪廻転生という“いのちのめぐみ”を感じ、キリストには血の匂いがまとわりつく。
お釈迦様の誕生仏は、げんげや椿や野の花々で飾られた「花見堂」で、甘茶をそそがれる。
キリストは棘のある茨の花が聖画の中に描かれる。「信じられなければ神の救いはない」─が教義になった。ほとけの教えは「人は生まれながらに、ほとけになれ、人間のみか、生きとし生けるものは、すべて成仏する─と。
釈迦を生んだインドは、今、ヒンズー教の国になった。仏像などはインドに来たイスラム教徒によって破壊された。最近ではタリバンによってアフガニスタンのバーミヤン大磨崖仏が爆破されてしまった。
キリストの誕生地は、今も戦で血が流され続けている。それでいて十字架は、信徒の胸をクルスとして飾っている。
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三月は、三日に桃の節句を迎え、お雛様が家々を彩る。そして六日ごろ「啓蟄」の日を迎える。土中に冬眠していた地虫や蛇などが、新しい命のいとなみを始めるため地上に出てくる。人たちは野遊びに出かけ、農事も少しづつ忙しくなってくる。
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四月といえばもう花便り。桜前線が一気に日本列島を駈けのぼってくる。「花」といえば「桜」のこととされているが、俳諧では、桜に代表される「千草万木」の賞玩のこころがこめられた季語。「春花」「花時」「花の姿」などがそれ。だから、「桜」は桜として独立した季語になっている。私は、最近の歳時記の「花」の傍題からはずれている「花の虹」を是非、連句の「花の座」の季語として、また花の句のバリエーションの季語として、もっと作例を残しておいてほしいと思う。なんともうつくしい“花の季語”ではある。
あしたの会の35周年記念に出版される『連句必携─あした季寄せ』の「花」の例句の中の私の句は、
花の虹青き山湖をさざめかす
冬 男
である。
花が散るとゴールデンウィークになる。そして早や万物が躍動する<夏>が立つ。