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ドイツで開催の「初の欧州俳句会議」の詳報
日独友好と冬男主宰の十五年間の努力が実った |
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【ローデ市長】
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晩餐会での バート・ナウハイム市のローデ市長の挨拶
第一回の全ヨーロッパ俳句会議がバート・ナウハイムにおいて、今年の五旬節週末に行われます。これは私達にとって大きな喜びでありまた大変名誉ある出来事でございます。
日本と私たちの市との間には長い伝統があります。マックスブランク研究所や研究機関としての日本の大学とは長年に亘り活発な学術的関係を持ってきました。ここには長年に亘る科学者達の生きた交流が続いています。日本の天皇陛下は外国人にとって最も高い勲章をバート・ナウハイムのマックス・ブランク研究所の二人のディレクターに与えたほどです。
文化的な面においても、良好な関係をバート・ナウハイムと日本からの訪問者との間で長い年月、育んできました。シュタインフルトの薔薇博物館の館長であるザビーネ・キュープラ女史は数日間に亘る「野薔薇の全て」と題した催しを、ゲーテの詩「野薔薇」の八十八もの音楽的なアレンジを行ってバート・ナウハイムのシュタインフルトにおいて開催しています。日本において「野薔薇」は大変流行っていますし、有名でもあります。札幌大学の坂西八郎教授はカッセルの彼の仲間であるアーンスト・シェードと共に、その詩を音楽的にアレンジした曲を収集していました。一方で、日本からは多くのミュージシャンや歌手が参加しました。
このような交流がバート・ナウハイムの俳句に関して、日独の作家、詩人、学者の間での協力を最初に引き起こした原因になったものと思われます。最初、日独の高レベルの俳人グループが一九九四年に薔薇博物館を訪問しました。日独協会のフランクフルト俳句サークルのエリカ・シュバルム氏とシュレーダー・美枝子氏がこの会議を主催しました。
その後、大変なイベントが一九九八年に開催されました。日本の俳人の一人である宇咲冬男氏と石工会社の野口氏が次のような俳句を刻んだ句碑を建立したのです。(句碑自体の費用負担はバート・ナウハイム市)
薔薇は実に 人活き活きと 薔薇の町
この句碑はドイツで公共の場に建立された最初の句碑です。この石碑がシュタインフルトに建立される際には、日本からの重要な代表団、バート・ナウハイムやレーヌ、メイン地方からの多くの人々が出席して、仏式の除幕式が厳かに開催されました。
二○○一年には、日本の伝統に則り、碑文の墨直し式が俳人の宇咲冬男と彼が主宰するあしたの会の連中により挙行されました。今日、シュタインフルトの薔薇博物館の前庭に置かれたこの石碑は特別な公的記念碑となっています。
その後の数年間にもさまざまな俳句の行事がバート・ナウハイムで開催されました。俳句研究旅行は個人的な関係をもっと広げる役割を果たしました。こうしてマーティン・ベルナー氏が長を務めるドイツ俳句協会が第一回の全ヨーロッパ俳句会議をバート・ナウハイムにおいて開催することを決断させるに至りました。
私たちの町で、刺激的かつ協調に満ちた意見の交換をなさるためにヨーロッパ各地と日本からお越しいただいた全ての方々に心からお祝いを申し上げたいと思います。
二○○五年五月 バーンド・ローデ 市長
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