ドイツで開催の「初の欧州俳句会議」の詳報
日独友好と冬男主宰の十五年間の努力が実った
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【主賓として招かれた冬男主宰】
 2005年五月二十三日から三日間、フランクフルト郊外のバート・ナウハイム市とフランクフルト独日協会後援で、同市で開催されたドイツ俳句協会(ベルナー会長)主催の「初の欧州俳句会議」には十三か国から六十一人の参加があり、三日間に亘って各国代表の 各々の国 の俳句協会の在り方、俳句観、俳句や連句の実作、これからの俳句への志向\などが熱心に語られた。思い出せば、平成十五年秋の「あした創立三十五周年記念」の祝電で、すでにドイツ俳句協会のエリカ・シュバルム理事が二○○五年五月には「ヨーロッパ俳句会議」が開かれることが決定。冬男主宰への招待が確定している祝電が届いていた。歳月はあっという間にたち、三年が過ぎた。予定通り、後援のバート・ナウハイム市のローデ市長からゲストとしての招待状が届き、主宰が日本を発つ二十日前には、俳句会議の企画者の一人として名をつらねさせて貰ったので「主賓」として招待します\との特急便が届いた。たしかに、欧州の人々は、アメリカ人とちがい、自分の国の文化を大切にする。日本から伝わったHAIKUも 自国で学ぶ というスタンスであった。ドイツ俳句協会は、ヨーロッパの国々が、どうHAIKUと取り組んでいるか、各国へ呼びかけて、一堂に会することの意識の大切さにいち早く目が覚めた。理事をしているエリカさんは草月流の師範、HAIKUも本家の日本から正しく学び取り、風交の文学である「連句」を学ぶことで「HAIKUは一人の詩ではない」ことを強調したかったのだ。そこで、会場を、冬男の句碑のあるバート・ナウハイム市に選んだのだった。ベルナー会長からは、インターネットを通じ全欧州へ各国の俳句サークルの存在をリサーチし、三年に亘って会議への参加を呼びかけたのだった。本当は航空運賃の安い三月ごろの開催日を考えたが、バート・ナウハイム市はバラの町、バラの句碑も映える六月も考えられたが、なお運賃の値上がりがあるということで、五月に決まった。主宰の待遇は市としては主賓、会議ではあくまでゲスト(質問がなければ発言しない)という「ヨーロッパはヨーロッパの会議」という強いスタンスを堅持したことに敬意を抱いた\と主宰はいっている。主宰が心に閃いて作り、会議の参加者全員に無料で配布された『宇咲冬男のヨーロッパの軌跡』の本が会議より深く稔りあるものになったと聞いた。ここに、主宰はじめ三枝、大和田、シュレーダーさんの協力でまとめられた会議の詳報を特集する。なお、全国紙各紙全部に記事が載り、総合俳誌『俳句界』では七月号(六月二十日発売)を組んだ。会を通じて求めて貰うことにした。
 なお、参加予定十八カ国のうち五か国の欠席は、やはり航空運賃の値上げのためだった。参加者の中にはドイツ俳句協会会員の家にホームステイした方もいたという。俳句への熱い情熱と友情が伝わってきた。


(角田双柿編集長)