第三句集『乾坤』(けんこん)
1980年(昭和55年)牧羊社刊。


 日本の都会には本当の夏がなくなった───と身を捨ててインドの仏聖地を巡礼しながら作りました印度旅吟を中心に709句を世に問いました。そして、瀬戸内寂聴尼から激賞されまして俳壇に認められるようになりました。以下はその評の抜き書きです。
表紙は、やはり大山忠作画伯のインドの像で飾られました。この句集で、冬男は小説への志向をあきらめ俳句・連句の道を選んだのです。

 「俳句」(角川書店・昭56・4)の書評欄(第四句集『乾坤』の評)で瀬戸内寂聴は宇咲について次のように評している。「宇咲冬男氏という未知の方からの句集『梨の芯』を送っていただいて以来、私は宇咲氏のかくれたファンになっている。

 裸木ゆゑ風にも日にも光るなり

という句がきらきら冬の陽光をふりこぼしながら、私の目にも心にもしみいってきた。

 枯蔓引くと天のどこかで鈴ならん
  舞初のふとへだたれる妻を見し


透明で繊細な感性が私には見ぬ人をなつかしいものに思わせた。氏は扉に素直な字で

 生きてあれば祈るほかなし涅槃の日

と記して下さった。天台宗の僧侶であった歳月も、氏の半生には沈められているようであった。今度句集『乾坤』を贈っていただいた。文句なしに『梨の芯』より深い境地に進まれていて、一気に引き入れられ、巻をおいても尚、余韻が雪の天空から響く風鐸の音のように幽かに鳴り続けていた。………」。〈埼玉現代文学事典〉より